読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

砕けた旗

隙あらば自分語り。不眠症に苦しむ夜にだけ書きます。

僕たちは「Boys」と呼ばれた

 僕が通った高校のクラスは特殊だった。女子の人数が圧倒的に多く、男子のクラスメートは3人だけだった。片手で数え切れる男子に対して女子が40人以上。クラス替えもなく、同じメンツで三年間を過ごしてきた。偏差値でいえば地元では二番手三番手くらいの普通科の高校だ。その高校に20年ほど前に「普通科国際コース」というものが創設された。僕が入学したのはこのコースというわけだ。今思い返せばただの自称進学校のカリキュラムに英語の授業と国際交流を上乗せしたような大したことのないカリキュラムだったが、当時中学生だった僕はそれがひどく魅力的なものに見えた。

 

 だが、粉々に割れたステンドグラスのような記憶を頭の中で並べてみたときに、3年かけてあのクラスで僕が学んだもののなかで最も価値があるように見えるのは英語力でもなければ国際感覚でもない。それは「圧倒的マイノリティとしての強烈な経験」だった。

 

 僕の目からみて、あの教室は「女性に圧倒的権力を与え、女性優位の社会を作り上げながら男性に求められる規範を残した場所」だった。構造的な女尊男卑のムラ。そこで二度とないであろう高校生としての時間を捧げたのだ。個人的につらかった経験はたくさんあるのだが少しだけ取り上げてみよう。

 

 構造的な性差による差別の象徴だったのが「Boys」と教師から、クラスメートから呼ばれ続けたことだ。

 

 この単語は上の代からずっと使われている言葉だし、今でも使われているのだろう。多分、この単語を最初に使った人はきっと以下に並べるような意味を込めて使ったのだろう。素直・活発・エネルギッシュ・若い力。だが、僕はあの言葉の実際の意味はこうだろうと思う。未成熟・下に見られた存在・支配者に従属する存在。あの教室では、「Boys」とはマイノリティに対する暗黙の差別用語に他ならなかった。

 

 「ボーイズは~」、「ボーイズだから~」、高校入学から卒業まで幾度となく聞かされた言葉だった。

 

 まず、そこにはクラス内の役職へのアクセシビリティの違いがあった。「ボーイズは保健委員か体育委員以外にはなれない」、「ボーイズはずっとトイレ掃除」。僕は残念ながらこれらのことを3年間当たり前のこととして受け止めてながら卒業してしまった。保健委員には健康診断ではデリケートな役割を求められるし、体育委員は男女別で行われる体育の授業で指導的な役割を果たすことが求められている。これらの役割を女子にさせるわけにはいかない。3人だけの男子でやりくりするしかないのだ。他に男子がいないのだからトイレ掃除をすることも当たり前。一見するとすこぶるもっともらしい制度設計だ。

 ちなみに僕は三年間保健委員だった。

 

 だが、一歩立ち止まって考えてみてほしい。この理論がまかり通るのならば「女は子供を産み、子育てをするから雇用慣行が違うことは当たり前、退職してもらうのは当たり前」ということも同様に説得力を持つのではないか。男女の体は違うのだから求める役割も違って当たり前。だが、このような言説がまかり通っているのは日本だけだ。女性の管理職の割合の差は性差による雇用慣行の違いが日本に特殊なものだということを示す一例だ。

 

 違うのは性別じゃない。システムだ、構造だ、人生ゲームのやり方だ。ロールズの言葉を借りればクラスの「社会の基本構造」に問題がある。「~委員」という役職はあくまでも生徒会への代議員であり、生徒会とクラスの連絡役をこなすことが最大の役目であるはずだ。また、男女比が著しく偏っているクラスにトイレ掃除の役割を持たせる必要はあるのか、他の普通科普通コースのクラスと共同の当番制にすればよいのではないか。そもそもトランスジェンダーの生徒にはどう対応するのだ。

 

 今思い返せば、そう主張するべきだったのかもしれない。まあ、そういう知恵を付けたのが卒業後だったのだから仕方ない。でも、僕は断言できる。僕はそういう知恵があったとしても、それを発表することはできなかった。そしてそれが僕たちが「Boys」である所以であると。

 

 ホームルームで発言力をもつのはスクールカーストの高い人たち、まあ大学に進学したら所謂「ウェイw」に変身するような人間たちだろう。彼女たちの持つ権力には敏感にならざるを得ない、性別という共通項を持つ人間が3人しかいないならなおさらだ。そうしたわけで権力者には逆らわないほうがいい。何をされるかわからない。

 

 ハッピースレイブという言葉がある。良い主人のもとに使える奴隷のことだ。奴隷には暴力が振るわれないばかりか、衣食住が提供される。しかし、奴隷は知っている、主人から与えられる幸福はあくまでも主人に支配されている範囲の中のものにすぎないということを。もし、主人が定めたラインを越えたら厳しい罰を課されるということを奴隷は知っている。暴力がないばかりではなく、物質的幸福があるにも関わらず、そこには自由がない。たとえそれが自主規制であったとして、そこには自由がない。

 

 この「自由の縮減」がここでもあった。僕たちはホームルームで建設的な発言を期待されていなかったばかりか、沈黙を期待されていた。マイノリティの発言などだれも求めていなかった。

 

 「Boys」、それはクラス内のマイノリティであり、女子の決定を追認する人間、政治力を一切持たない人間、そして義務教育を終えた男性たちのとあるクラス内での呼称。

 

 確かに「Boys」というのはただの分類上の言葉かもしれない。皆がその呼び方を当たり前のものとして受け取っている。では、どうして「Men」ではだめだったのか、どうして「Gentlemans」ではだめだったのか。そちらの方が自立して見えるし、女性のクラスメートとも対等にみえるではないか。なぜ、見くびられるよう言葉であるBoys」という言葉が選ばれたのか。納得がいかない。

 

 クラスの女性は決して「Girls」などと呼ばれることはなかった。

 

 おそらく、高校卒業までに全てのBoys」はそうした差別に気付かなかった。僕たちが当たり前に受け取っていた呼称が僕たちの立場を知らず知らずのうちに象徴していた。そして、証明することはできないが、ある程度僕たちはBoys」という言葉に規定されていたのだと思う。それについては、また機会があれば書くことにしたい。

 

 

 

 そして今は彼女たちが社会に出ることで僕を襲った不平等と同種のものを「女」という言葉によって受けようとしている。それは高校のクラスといった小さなムラなどではなく、真正の社会であり、世界の構造が作り出す構造によるものだ。そして僕たちが被った3年間といった短さではなく彼女たちはもしかすれば一生かけてそのくびきと共に生活するのかもしれない。

 僕は彼女たちに、あのクラスのシステムに酷いことをされたと思っている。人生で最も実りあるものになる可能性を最も秘めた時間を奪われたことは絶対に許すつもりはない。でも、彼女たちが直面する未来は僕が体験したものと同等に、あるいはそれ以上に許しがたい。

 

 ここまで書いてきたことはあくまでも僕の個人的体験にすぎない。僕はこうした経験から自分の考えの示唆を得ているまでだ。「許しがたい」からこうしたらいいなんていう大それた考えを開陳できるわけではない。だけど、いつかはこの経験から小さなものでもいいのでジェネラルな理論が育てばいいのになと思う。